「軽やかに書く力」は本当に存在する?
ライターとして仕事を探していると、「軽やかに書ける方」という条件を掲げた募集を目にすることがあるでしょう。でも、これは具体的に何を意味するのでしょうか。応募するかどうかの判断にも関わるだけに、見過ごせない疑問です。その意味を探ってみましょう。
「軽やかに書く力」とは?
この表現に明確な定義はありませんが、言いたいことは直感的に伝わります。文章を書くという行為に「軽やかさ」を重ねると、次のように説明できます。
軽やかに書く力とは、頭に浮かんだ考えを、流れるようにのびのびと文章にする力です。
この力があれば、読み心地がよく、読者の興味を引くコンテンツを、無理なく効率的に作れます。
軽やかに書く力は生まれつきのものなのか、それとも学んで身につけられるのか。この問いについては、今も議論が続いています。そもそも、そんな力は存在しないという人さえいます。
ここでは、より切実な疑問を考えてみましょう。軽やかに書く力は、優れた書き手に備わる、文章の質を高める能力なのでしょうか。その力がなければ、ライターとして働く道は閉ざされるのでしょうか。以下で、その疑問を解きほぐしていきます。
軽やかに書く力は存在する?
言語学には、言葉は必要に応じて生まれるという考え方があります。「軽やかに書く力」という表現があるのなら、実際に文章によって読みやすさや読者を引きつける力に違いがあるということでしょう。コピーライターによって文章の面白さは異なり、読む体験も、心が癒やされるひとときになる場合もあれば、でこぼこ道を走るようなものになる場合もあります。
こうした単純な観察から生まれたのが、この表現です。しかも、意思を伝えるうえで十分に役立ちます。「あの書き手は軽やかに書けるが、こちらの書き手はそうではない」と、端的に言えるからです。
ただし、ひとつの言葉でひとくくりにすると、この問題の複雑さが見えなくなります。軽やかに書く力は、「あるか、ないか」の二択で決まるものではありません。生まれる前に与えられたり、高額な講座を修了すれば手に入ったりする資格のようなものでもありません。むしろ、0から1の間にさまざまな段階がある、連続的な性質です。つまり、一般に「軽やかに書く力」と呼ばれる特徴を、どの程度備えているかは書き手によって異なります。
軽やかに書けるかどうかは、何で決まる?
現実は白黒で割り切れないことがわかりました。軽やかに書く力は、ある瞬間に手に入れたり、失ったりするものではありません。では、すらすら書ける人と、そうするのに苦労する人の違いはどこから生まれるのでしょうか。そこには二つの要因があります。ひとつは頭の中に、もうひとつは書く内容そのものにあります。
神経回路の構造
人はそれぞれ、自分なりの方法で世界を理解し、経験しています。一人ひとり異なる遺伝子の組み合わせと人生経験が、思考を含めた人格を形づくります。たとえば、男性ではおよそ20〜30 nmol/Lという単位で測られる血中テストステロン値さえ、行動に大きな影響を及ぼします。それなら、約1,500億個あると推定され、さらに一つひとつがほかの約1万個とつながり、シナプスを形成する脳の神経細胞については、どう考えればよいのでしょうか。
これほど複雑な神経細胞のネットワークが、一人ひとり独自の思考の流れに影響しています。文章とは、決められた記号を使って思考を表したものです。だからこそ、文の組み立て方は人によって異なります。まったく同じ文体が二つと存在せず、ロボットが人間と同じようにはコンテンツを作れないのも、そのためです。
書く力の違いには、私たち一人ひとりの独自の思考構造が反映されています。ただし、軽やかに書く力を生み出す専用の脳領域や、特別な神経細胞の配置があるという意味ではありません。これは有無ではなく程度の問題なので、言えるのは、考えを文章にすることに、より向いている人がいるということです。
複雑で形式的な思考をする傾向がある人は、軽やかな文章に欠かせない、のびのびとした語り口や滑らかな流れを保つのが難しいかもしれません。しかし、それは欠点でも弱みでもなく、単に思考や作業の進め方が違うだけです。市場には、面白いミステリー小説やライフスタイル記事を書ける表現豊かな書き手も、技術的な解説や複雑なテーマを得意とする分析型の書き手も必要です。
依頼内容の特徴
一人ひとりが持つ内面的な特徴は、文章を書く力を含む言語能力に関わっています。しかし、書く速度や軽やかさ、のびのびと書けるかどうかを大きく左右するのは、仕事で求められる条件、つまり、どのような情報を伝える必要があるかです。
深く考える必要のない依頼なら、軽やかに書くことはずっと容易になります。次々と文を「生産」するように、効率よく書き進められるでしょう。一方、内容の充実度や正確さが求められる複雑な仕事では、途端にすらすら書けなくなります。これは、書く能力が急に低下したということでしょうか。そうではありません。そのテーマには、より慎重な検討と思考が必要であり、それが自由に書き進める余地をなくしてしまうのです。
文とは、終止符で結ばれた思考である。― L. ウィトゲンシュタイン
深い考察が必要な依頼では、適切な文を組み立てることも難しくなります。これは、文章が持つ自然な性質です。文章は、思考と紙面をつなぐ役割を果たしているにすぎません。複雑で難しい内容が増えるほど、執筆のペースは遅くなります。そのような状況では、「軽やかに書く力」と呼ばれる特徴を発揮できる余地も、大幅に限られるのです。
まとめ
- 軽やかに書く力とは、のびのびと、すばやくコンテンツを作る力のことです。
- 一般には、この力を持つ書き手は文を組み立てるのが得意で、より洗練された、面白い文章を作れると考えられています。
- 生まれ持った資質は確かに文章を書く力に影響しますが、軽やかに書けるかどうかは、主に何を書くかによって決まります。深く考える必要のある内容よりも、簡単な内容のほうが、常に楽に、速く書けるものです。
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